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新曲「冬の水鳥」完成しました。

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月26日(木)12時58分10秒
  昨日友人のフルート奏者、篠山由紀子さんが遊びに来てくれてうちの奥さまとリコーダーで私のリコーダー作曲編曲全作品40曲以上を全部所見で吹いていかれました。私も以前彼女に贈ったピアノ伴奏の3曲の伴奏を練習していましたが、全然弾けなかったのに、楽譜を読んでさっさと弾いていくんだからいいですね。楽譜が読めて上手い人は。

ギター伴奏の「天の贈りもの」と「シチリア島より」は一緒に演奏しました。自分以外では「演奏する事自体が楽しくてやめられない」状態の大人をあまり見ることがないので本当に新鮮です。彼女となら作曲した曲が演奏されることなく眠ってしまう事はなさそうです。リコーダー二重奏、フルート独奏、フルートとギター、フルートとピアノ(私のピアノ伴奏が最も問題です)ならいつでも実現可能な組み合わせになってくれそうで、曲作るのが楽しみになってきました。

伴奏なしでいつでも好きな時に吹けるフルートの独奏曲を作って欲しいという事で早速完成しました。「冬の水鳥」という曲です。フルートの独奏で短調の美しい曲という注文でしたので、そうしたつもりです。
 
 

右手の指

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月19日(木)10時21分28秒
  ピアノの基礎練習の教本「ハノン」を毎日全曲やるようになってからもうとっくに7年は経ったでしょうか、いつまで経っても出来るようにならない練習曲がいくつかあります。特にひどいのは親指を小指の向こう側へくぐらせる練習です。親指が内側に曲がるようにならずに爪の表面で鍵盤の叩いています。

左手はそれほどひどくないのですが、右手の親指が内側に巻き込めません。そこで両手を見比べてみると左手は手首の近くから親指が曲がっているのに、右手はそこから先で曲がっています。そこで関節を揉みほぐし親指を柔らかく使えるように改善を始めました。するとギターでも人差し指と親指が交互に早く動かなかったのが改善され、ピアノでも出来なかった装飾音が弾けそうになってきました。

以前から親指は思うように動かず、ギターでも手首の回転や振動を使って親指を押し当てて弾いていたのが、古門さんの整体により明らかに指先だけで弦を弾けるようになり手首の回転や振動は必要なくなりました。それでもまだ根元の関節が固まっていたんです。

字を書いてもうまく書けず(特に鉛筆、肘を使って書く筆は得意でした)箸も正しい持ち方では使えず、これはきっと小さい時から動いていないんです。16歳から楽器を始めましたが、鍵盤を手探りでは弾けずに常に鍵盤を見ないと弾けないし、エレキギターでも弦を正確にピックで当てられず目視していますし、クラシックギターでも右手がいつまでたっても安定しなかったです。


左手も古門さんのおかげで全然違ってます。小指も独立して弦を押さえたり弾いたり出来るようになりましたし、薬指も少しずつ小指や中指への依存が減ってきています。がむしゃらに練習だけでは、辿りつかなかったと確信しています。そういう事はずっとやってきましたから。石の上にも3年どころか動かない指で20年です。出来ないという事には理由がありそれを見つけて取り除かなくては出来るようにならない事があるとやっと実感出来たんです。

私の頭の中には色んな音楽の、演奏のイメージが湧いてきます。そしてそれを実現する方法も思いつきます。ずっとしたかった理想の音楽を、理想の演奏をするには自分でするしか絶対に出来ないという信念みたいなものがありまして、それが出来るまでやるという行動の動機になっています。

「頭にあることを全て形にする」そのために今日も練習するわけです。自分の曲をとりあえず全部録音したいし、それには満足に弾けないところがいっぱいある今の状態を脱却しなくてはなりません。
 

11月14日

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月18日(水)23時39分16秒
  松本市の「スペース銀華」でのコンサートが終了しました。このコンサートは私の演奏を非常に気に入って下さっている田辺さんと妹のるり香さんの2人がちょうど同じ時期にお子さんが出来て演奏会に出てこれなくなったので、ご自分の店(薬屋さん)の2階でぜひ演奏して欲しいという話から開催したものです。

田辺さんのお父さんは俗な言葉で言うと超能力者で、いろんな事がわかったそうです。お客さんが薬を買いに来てもその場で症状を改善してしまうことが多かったそうです。その血を引くお二人も、私が兵庫県高砂市の古門英文さんに教わった整体や武術を見せても、ご自身の感性でそのまま認識されますし、お二人も体の調子を整える技(これは私には効きましたが、どうやったのかわかりませんでした)を持っています。

お二人も私がやってる音楽を音楽としてだけでなく独特の治療か何かのように捉えている節もあります。人の感性というのは不思議ですね。古門英文さんなら彼らの感覚を私にもわかるように説明して下さるかも知れません。

コンサートにはやはり面白い方が来られていて一人一人から他では聞けないような感想が聞けました。またこの日私は本当に失敗しまして、「古より永遠なるもの」という曲をギターとピアノで聴き比べてもらおうと欲張ったところ、ピアノ版の方をど忘れし3回やり直しても思い出せませんでした。

しかしフルート奏者の篠山由紀子氏の登場で助けられ、フルートの新曲も披露して頂き、まあ日々の努力も実って私も上手になっていたので楽しくコンサートは終了しました。翌日家に帰ってピアノを弾いたらちゃんと弾けるんですよ。「古より永遠なるもの」のピアノ版。
 

11月11日

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月18日(水)23時18分28秒
  静岡の友人に龍野の町を案内しました。彼女は独特な感性を持っていて静岡県掛川市の「ちっちゃな文化展」で出会った方ですが、私のギターを聴いて彼女ならではの受け取り方をされるので話をする事になりました。

彼女は有名な推理作家の方と出会い、非常に気に入られて秘書として雇われていたそうで、その作家の作品にも実名で登場するなど、作家が亡くなられるまで多大な影響を与えていたようです。私も彼女と話をすると理解出来る事をはっきりと、理解出来ない事もはっきりと伝えてくれるので、面白いです。思い込みや決めつけもなく広く自由度の高い視野を持っているようです。

彼女は現在作家と話せていたような事を話す相手も少ないらしく、また自身も作家としてなにか書こうという気もあるらしく、それならたつのを見てもらって、私の友人にも会ってもらおうと思い立ったわけです。

「ちっちゃな文化展」も毎年同じ作家が同じような物を出しているので行く所が決まってくると言われてましたが、私や友人もそういう傾向を感じてましたし、話してる事が初めて話してる感じがしない事が多いんです。きっと彼女は面白い事をしてくれそうです。
 

11月10日から

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月18日(水)22時56分41秒
  たつの市に行ってきました。パラダイムⅢ終了後初めてです。11日には静岡から友人が来てくれるので前日に到着しました。世の中には本当に色々な方がいるもので、私の音楽を聴いてなんとも思わない方もいれば、本当に私が表現したい事を直接一音で汲み取ってくれる方もいます。

私は演奏活動を始めて15年になりますが、始めの頃は聴き手の評価によって音楽の価値が決まると思って頑張ってきました。しかし、受け取ってくれる方にはかけがえのないものであっても、全く伝わらない方には何の意味もないものだったりする事を知って、自分自身が誠実にその時出来る精一杯をやっているか、という事に移行してきました。

人の評価は千差万別、その時々によって同じ人が同じ物を見たって変わるものです。宮城県で出会った左官屋さんの言葉をずっと覚えています。「わたしらのような壁を塗る仕事は一人のお客さんから何度も仕事を頼まれる事はあまりない。綺麗に塗れてて当たり前、褒められることもあまりない。しかし自分はいつも自分の腕で仕事をしてる。いつも自分の仕事を見てる。自分は騙せない。理想はいつも自分の納得いく仕事をする事だ。あんただってそうだろう?」

たつのに着いたら、たつの出身の作曲家が世界のコンクールで優勝したというニュースが飛び交っていました。私は昨年彼の作品を実際に聴いていて、現代音楽というものは不愉快な音だと思っていたが、本当に身を切られるような嫌な音ばかり重ね合わせて面白いんだろうか?と彼の作品を数秒聴いただけで、ものすごく不快で会場にいられなくなったのです。

しかしたつのでよく行くお好み焼き屋さんで私がギターをやっているという話になり、話題は早速コンクールで優勝した彼の話になり、見ず知らずのお客さんから「世界で優勝するなんてたいしたものだ。あんたも頑張りなさいよ」なんて言われるわけです。そういう彼らは優勝者の作品は聴いた事ないと言います。何をどう頑張れというのでしょうか。

みんな決して悪い人ではなく、悪気があるわけでもないのです。自分で確かめることはなく他人の評価を鵜呑みにし、ただ流されていく。それを聞き流し私はこう考えていました。「あんな不快な音楽が評価されるコンクールには自分は決して作品を出すことはない」と。松本美術館の玄関にある気持ち悪いオブジェが有名な美術作品、上田市の牢獄のようなデザインのコンサートホールが景観賞を受賞、世の中にはついて行けない事が沢山ありすぎます。
 

11月7日

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月18日(水)22時11分53秒
  ジャズのライブに行ってきました。尊敬するピアニストがベストメンバーだというベースとドラム、ゲストにサックス奏者(以前に聴いた事がありますが上手でした)という事で聴きに行ったのですが、ベースとサックスは上手かったとは思うのですが、何しろドラムが無神経に音を鳴らすので、私と妻の二人とも頭が痛くなって我慢出来ずに休憩の時に帰ってきました。

わざわざ出かけて、お金を払って頭痛くなって、奏者に気を遣って我慢して、耐えられなくなって気を遣って帰る。これが音楽会というものですかね。生演奏が始まるまでにBGMでかかっていたジャズを聴いていた時は良かったのですが。最後まで聴いて喜んで帰る方がほとんどなんですから、今では私達の方が変わってるという事になるんでしょうか。
 

10月31日

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月18日(水)21時58分1秒
  ある団体の依頼でお年寄りの方々のために演奏をしてきました。議員さんや、会社の社長さんで構成されるこの会の会員の方にギターを通じて知り合った方がおられて、その方の推薦で私の演奏を会員の関係する介護施設に呼んで頂く事になったわけです。

普段はチャリティーゴルフのお金を宮城県に贈ったりされているらしいのですが、知り合いの会員さんが「いい音楽を聴いて心を綺麗にしないとダメだ」と強く推薦して下さったようです。

まあ社長さんや議員さんともなると、話題も経営やお互いの商売上の協力の話が中心で、私への質問は「芸術家って儲かるのか?」と聞かれ私が、「人に頭下げて色んな所に顔出している人は儲かるみたいです。私はしてませんがね。」と言うと「それじゃ儲からんわな」と言われて後が続きませんでした。

こういう人たちの思惑で世の中の大部分が回っているんだなあと実感しました。ギター製作家時代の兄弟子、田邊さんが聴きに来てくれて最近の進歩を聴いて行って下さったのと、お年寄りの方にも気持ちのはっきりした方とぼんやりしている方がいて、一人の方が「言葉になりません」と言って握手をしてくれたのが嬉しかったです。

「世の中にはいろんな方がいる」と頭では理解していますが、実際に会って話をしたり目の前で見たりすると全然違います。いろんな事を考えたいい一日でした。
 

10月23日から

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年11月 8日(日)15時30分28秒
  ちっちゃな文化展に出かけてました。毎年10月末の金、土、日に静岡県掛川市大須賀町にて行われるイベントです。昔から残る町並みとそれを大切にされている大須賀町の横須賀倶楽部という方々によって運営されています。

私は2006年に知り合いのガラス作家キッタヨーコさんに「とてもいい町と人がいるから一緒に出ないか」と、誘って頂いて初めて参加しました。私は彼女が自作の食器や照明を飾って運営するカフェのBGM担当です。私の演奏を聴きに来てくれる方も数人ですがいらっしゃいますので、毎年出ることにしています。

兵庫県たつの市で行ったアーティスト達による複合作品展「パラダイム」に出て頂いている油絵の名波一己さんは今もここの出展作家ですし、秋場美緒さんはちっちゃな文化展のお客さんで来られていて知り合いになったのです。

この町を好きな方が、この町でいい作品と作家達、そしてこの町の作家の作品にこの町で触れて貰いたいという主旨は17年変わることなく受け継がれています。城下町の個人宅に一軒一軒、会場として車庫や家の一部、倉庫などを貸して頂けないか交渉を重ねて築き上げた展示会場は、年月を重ねて作家との信頼関係にまで発展してきました。

作家の方々ともそうですが、毎年出会いがあったりなかったり、私の演奏に来てくれたわけではない方々の音楽や作品に対する関心、無関心を観察しながら、音楽なんてなくても困らないものなんだという事を思い知りつつ、私に会いに来てくれる方のために演奏したりもしつつ、偏りがちな人間関係の中で収まらないように、人間の多様性に触れるいい機会なのです。

今年はスタッフの方とちっちゃな文化展について運営とポリシーについて深い話を初めて直接伺うことが出来ました。「私達は行政からお金を貰ったからやってるのではない、私達町でお金を出して始めた活動に県からお金が出るようになった、が、それを断った。自分達で始めたことだから自分達で出来ないと判断すればいつでもやめられる。今は続けていけるから続けているんだ。」とか

「自分達はこれを始める時にお世話になった東北に毎年行ってる。それは場所に行くのではなくその人達に会いに行くわけだと気づいた。だから、私達も大須賀に会いに行こうと思われるような人でありたい。」というような話でした。また来年もここに来たいと思いました。

11月11日、ここで出会ったお客さんをたつの市に案内することにしました。何か面白いことになればいいのですが。
 

「朝陽のように」

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年10月20日(火)20時49分2秒
  吹奏楽の編曲が終わりました。今回はオリジナルのギターがニ長調ですが、管楽器の演奏に向かないため、変ホ長調に半音上げて編曲しました。という事で「ギターで弾いて、それを頭の中で半音上げて楽譜に書く、そしてトランペット、クラリネットは1音高く書いて・・・」なんてとんでもなく大変な作業でした。

パソコンで楽譜を書いて、その場で再生機能で聴いて確認するという事が出来なければ、到底私の手に負えない作業です。昔の人は全部頭の中で鳴った音を書き留められたんだと思うと、頭が下がります。作曲という作業の中で、頭で鳴った音を現実に楽譜に書く能力は私の最も不得手な部分です。まあとにかく出来上がったので、実際の演奏が楽しみです。
 

龍野西中学校吹奏楽部を

 投稿者:白柳淳  投稿日:2015年10月18日(日)09時55分54秒
  訪れました。10日の土曜日の事です。ギター曲「残されたものの叫び」の吹奏楽版を何人か友人に聴いてもらったところ、たつの市の方が、「私の息子が吹奏楽部にいて顧問の先生が気に入ってくれてるし楽譜はあるんですか?」というような話になったのです。安曇野吹奏楽団の天才指揮者との出会いがきっかけで編曲しましたが、たつのでも生で聴きたいという声がありまして、なんとかならないかなあと思っていたので、その先生に会ってみる事にしました。

結果とてもいい方で情熱もあり曲も理解してくれたし、原曲のギターを聴いて生徒にも聴かせたいと言う話になり、居残り練習中の数人がいる音楽室で演奏しました。先生も大半の大人が失っている嬉々とした心の動きがある魅力的な方でしたが、生徒も非常に喜んでくれたように思います。龍野西中学校の吹奏楽部で、私の曲が演奏して頂ける日が来るなら絶対聴きに行きます。

「残されたものの叫び」に続いて北海道の友人からも提案のあった「朝陽のように」を吹奏楽編曲に今日から取り掛かります。
 

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